想いを重ねた遠い歌



僕らは、まだ雪の散らつく2月に、お互い手袋をした手を繋いでいた。
「もう・・・すぐだね。」



今日、僕らは離れる。
あれ程一緒だと思ってたのに、ささやかな事。
二人の人生の道が一緒ではなかっただけ。
お互いの家は遠くなる。それでも続けていくつもりだった。
きっと隣の県くらいなら、僕は別れを選ばないだろう。
しかし、彼女のお父さんの2度目の転勤で、1つの答えを出さなければならなかった。
前回は、彼女が中学の卒業が近いということで、お父さんの単身赴任となったが、
どうしても家族で過ごしたいという両親の意志は固かった。
前回の転勤の時は、今では想像できないほどお互い泣いた。
自分たちの無力さに。気持ちの行き場所を無くして、涙と共に吐き出していた。
逆に、離れなくて済んだ時も、二人思いっきり泣いた。
安心が涙に代わり、言葉よりも早く、しっかりと気持ちを出していた。
だけど、今回は違う。
家族は離ればなれではいけない。そう思った僕には、彼女を止める理由がなかった。
無理に続けていくことはできるけど、お互い、1つの結末を迎えてしまうことは分かっていた。
何故だろう・・・。今は、やけに落ち着いてる。
何故だかわからない。
"大人になった" とは、まだ高一の僕らに使える言葉ではなかった。


僕らは、ほとんど人のいない、単線電車の駅で、1時間に1本しかない電車を待っていた。
もう、何度この状態で電車が通り過ぎるのを見ただろう。
毎回、車掌さんの視線を受けながら。
もう、今では気にもならなかった。
朝に出発すると言った彼女を見送りに行ったのに、もう短針は22時より上にあった。
だけど、後10分もすると最終電車がやってくる。
どうしてもケジメをつけておきたい事があるから。
そう言って、彼女は1日遅れて向こうに向かうことになっていた。
だけど、貰った1日間はすべて、友達との別れで費やされ、二人の時間はほとんど無かった。
そして今。帰る日となっている今日も終わりが近づいていた。


彼女を抱きしめた。
されるがまま、彼女は僕に体を預けてきた。
僕は、抱きしめた腕につけている時計を見た。
後5分を切っていた。
何かを伝えたい。
何かを伝えて欲しい。
君に何ができる?
君は何をしてくれる?
頭の中は、秒針が動くたび白くなっていた。
「寒い?大丈夫?」
できるだけ落ち着いた声で。
動揺してることなんて思われたくなかった。
「大丈夫...。」
きっと彼女の欲しい言葉は違う。
だけど分からない。
何を伝えれば君を幸せにできるのか。


突然、汽笛の音が遠くで聞こえた。
とうとう最後の時間がやってきた。
頼む。もう少しだけ待ってくれ!
抱きしめた手に、僅かに動揺した分の力が入った。
心臓の音が鳴り響く。
"さよなら" じゃない。それに代わる何か。

彼女は、僕の体におでこをつけた。
「私ね。幸せだったよ。」
彼女の声が、小さく体に響いた。胸の辺りが、吐息で暖かかった。
「私...本当に大好きだよ、一馬君の事。」
電車が、はっきりと分かる程近づいていた。
「泣かないよ、きっと。泣いたら辛い過去になっちゃうから。
二人の思い出まで悲しくなっちゃうから。だから...今日は...。」
「忘れないよ。」
きっと彼女は、忘れて、というつもりだったんだろう。
だけど、彼女との思い出を、すべてアルバムに綴じておきたかった。
人生、何度もあることじゃない。こんなに人を大切に思える時って。


電車がスピードを落としながら近づいていた。
僕は、彼女から少し離れた。
「俺な。今わかった。何伝えるか。」
離れた彼女が、僅かに泣いていたのに気づかなかった。今は自分の事しか分からなかった。
僕は...二人が初めて一緒に聞いた曲を口ずさんだ。
歌詞はあやふやだった。
でも関係なかった。
二人は、この瞬間だけは、出会った頃に戻っていた。
お互いが、この曲が好きで覚え合いっこした。
だけど、二人同じように歌詞を間違えて覚えていて、いつも次の歌詞が出てこなかった。
その時のフレーズ...覚えてる?
彼女は...覚えてる、きっと。あの頃のように。
気づいたら彼女も、僕と一緒に歌っていた。
そのフレーズがきた...。
...わざと間違えて歌うこともわかってくれていた。


電車のタイヤが止まった。
僕らの歌も止まった。
時間だけは止まらなかった。
彼女は、朝からずっと地面に置いてあった小さなカバンを手に取った。
彼女は、反転して、僕の視線を背中で受けた。
扉が開く瞬間、僕は彼女を後ろから抱きしめた。
彼女は驚かずに、そっと僕の手に触れた。
そっと解ける手。
歩む彼女の足。
「幸せ?」
聞こえないくらい小さな声で呟いた。
何も言わずに、彼女はそっと頷いた。
扉を閉める合図の笛が鳴った。
彼女は、もう1度僕の目を見た。
「一馬君がいたから」
想いを遮るように扉が閉まった。
何か言いかけた彼女の言葉は僕に届くことなく空へと昇った。


電車がゆっくりと動き出す。
僕は、その場所から1歩も動けず、ただ思い出だけが小さくなっていった。
押さえ切れない想い。
大切な物というものは、いつも後から気づくものだね。
あのフレーズ...きっと忘れないよ。





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